カポエイラ・ブログ -Roda de Papoeira- |
by vadiacao カテゴリ
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【訳出済み】
次回は13ページの最初のパラグラフ「os capoeiras antigos~」から14ページの真ん中「sair de casa」まで。 下の写真、すっくと立った筋骨隆々のジョアン・グランジが凛々しいですね! 白いスーツで帽子をかぶっているのがノローニャ、隣の黒いスーツがトトーニョ・ジ・マレーです。ジョアン・グランジ、ジョアン・ピケーノが出ているのに、なぜこの作品の撮影にそもそもパスチーニャが呼ばれていなかったのか?不思議ですね! それは遊びであったのと同時にバーの主人から酒をサービスしてもらえるためでもあった。ジョーゴが観衆を引き寄せ、結果としてバーの客寄せになったからだ。日曜日にはカポエイラたちは「ドミンゲイラス」と呼ばれる白いスーツを着た。それはミサや特別な外出用に着用された服で、しわにならないように注意深く扱われた。そういう服装でカポエイラたちは赤土の上でジョーゴをし、決して服を汚すことがなかった。まるで家を出たときと同じ真っ白でエレガントなままでいたのだった。 興味深いことにホーダは必ずしも円形で行われたわけでもなかった。バイーアの貧しいコミュニティーでは、メストリたちは する習慣があった。40年代当時、カポエイリスタたちはすでにサッカーチームのシャツをユニフォームとし、グループとしてのまとまりを持っていた。彼らは地域の住民ばかりでなく、知識人や芸術家たちをも引き付けていた。 愛好者にとどまらない幅広い人々からの関心の高まりは、カポエイラのホーダを、それまで縁遠かった世界が交流し、取引を確立し、抵抗の戦略を練る場とした。
by vadiacao
| 2010-06-03 23:42
| カポル語道場
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