カポエイラ・ブログ -Roda de Papoeira-


パポエイラとはカポエイラに関するパポ(おしゃべり)のこと。このホーダにはカポエイラに関心のある人なら誰でも参加できます。いちおう管理人としてグンガは久保原が担当してます。Ie~~
by vadiacao
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あなたのカポエイラはどれですか? ②




アンゴラとは誰か?
■ここから先の話を3倍理解しやすくするために、ちょっと話題を変えます。簡単な説明ですので少しだけお付き合いください。
 ここに日系ブラジル人の子供がいます。彼のお父さんもお母さんも日系ブラジル人で、彼の容姿も当然日系。見ただけでは日系ブラジル人か日本人か分かりません。日本語もぺらぺらで、日本のアニメやゲームが大好きな彼は、自分のことを日本人だと信じていました。ところが彼はアントニオというブラジル名や日本語が書けないことが理由で小学校でいじめにあっていたのです。
 さてアントニオ君は国籍から見れば正真正銘のブラジル人です。ところが自分では日本が好きだし、日本人だと思いこんでいます。しかし周りの友人から見ればやはり彼はブラジル人だと映ります。ここでアントニオ君にとっての不幸は、自分は日本人だよという「名のり」とお前はブラジル人だという「名づけ」のズレなんですね。
 自分で自分のことを「私は~だ」と定義することを文化人類学の用語で「名のり」といいます。いわゆるアイデンティティーというやつですね。これに対して、「あいつは~だ」と他者を定義づけることを「名づけ」といいます。このことを頭の片隅において、この先に進みましょう。

f0036763_11272994.jpg■それまでカポエイラ、カポエイラージェンという呼び方しかなかったところへ、メストリ・ビンバがルタ・ヘジオナウ・バイアーナ(のちのカポエイラ・ヘジオナウ)を立ち上げて、「自分たちは他のカポエイラとは違うんだ」といいました。これは「俺たちはヘジオナウだ」という「名のり」です。自分をこれこれだと定義するためは、必ず自分と比較する対象(=自分を映す鏡)を必要としますね。メストリ・ビンバにとっては、「伝統的なカポエイラ【capoeira tradicional】」という漠然とした対象がありました。

■ビンバのヘジオナウに対抗するアンゴラの巨星としてメストリ・パスチーニャが持ち上げられますが、ビンバが異種格闘技戦で無敗を誇り、ヘジオナウの有効性をアピールしていたころ、メストリ・パスチーニャはカポエイラから遠のいていました。むしろその当時、伝統的なカポエイラを支えていたのは、ノローニャ、リヴィーノ、マレー、アモローゾといったカポエイリスタたちからなるグループ「コンセイサゥン・ダ・プライア【Conseicao da Praia】」だったのです。諸般の事情で、このグループから突然リーダーを任されたパスチーニャは、それまでの伝統的なカポエイラの総称としてカポエイラ・アンゴラという呼び方を提唱します。ここにおいてアンゴラという名称は、ヘジオナウに対抗する概念として、新たに創り出されたのです。ここで「俺たちはカポエイラ・アンゴラなんだ」という、もうひとつの「名のり」が登場しました。このグループは後にカポエイラ・アンゴラ・スポーツ・センター(Centro Esportivo de Capoeira Angola)という名前で登録されます。比較のライバル(鏡)とされたのは、言うまでもなくヘジオナウでした。

■では突然ですが質問です。アンゴラとヘジオナウ、どちらが「古い」のでしょう?上の流れを見て、皆さんはどう思いますか?メストリ・ビンバがヘジオナウを創出する以前からカポエイラはありました。当然ですね。ビンバ自身がカポエイリスタだったのですから。ではそれがそのままカポエイラ・アンゴラだったのでしょうか?ここにアンゴラ/ヘジオナウ問題の核心のひとつがあります。少なくとも当時、カポエイラ・アンゴラという名称は存在しませんでした。新聞、雑誌、紀行文、研究書・・・なにをみてもカポエイラ・アンゴラという呼び方はこれまでのところ確認されていません。当時のカポエイラは単に「カポエイラ」あるいは「ヴァジアソン」と呼ばれていたのです。というわけで変な話ですが、もしヘジオナウの登場がなければ、カポエイラ・アンゴラという積極的なまとまり意識、「名のり」は生まれてこなかったとも考えられるわけです。この意味で誕生の順番は、ヘジオナウの次にアンゴラとなるんですね。

■「でもちょっと待って。そうは言ってもやっぱりヘジオナウ以前からあったカポエイラがアンゴラじゃないの?」「たとえアンゴラという意識や呼称はなかったとしても、実体としてのアンゴラはそこにあったんじゃないの?」というわだかまりが胸につかえている人も多くいると思います。事実パスチーニャ自身はそのようにアンゴラを捉えていました。この問題はもう少し寝かせておきたいと思います。

■ところでひとつ確認しておきたいことは、カポエイラ・アンゴラという「名のり」のなかに誰が含まれていたか、ということなんです。ビンバが、「伝統的なカポエイラ」と見なしたものが、すべて一枚岩として「カポエイラ・アンゴラ」の中に含まれたのでしょうか?そんなことはありえません。パスチーニャたちが、たとえばリオのカポエイラまでアンゴラという括りに含めなかったのは明白ですし、同じバイーアの中であっても、サルヴァドールから離れた地域のカポエイリスタたちは、自分たちのカポエイラがアンゴラというカテゴリーに分類されるようになったことなど知る由もなかっただろうと想像します。今日のようにカポエイラの専門雑誌もインターネットもない時代です。パスチーニャたちの動向を知らない、「ヘジオナウ以外のその他のカポエイリスタ」たちにとっては、あいかわらず「カポエイラはカポエイラ」というだけのものでしかなかったのです。
 
■先ほどの「名づけ」と「名のり」の話で言えば、ビンバの側から「伝統的なカポエイラ」と「名づけ」られたカポエイラの中には、パスチーニャたちの「カポエイラ・アンゴラ」という「名のり」に参加していた人たち以外に、そこに参加していない(知りもしなかった)伝統的カポエイリスタたちもたくさんいたということです。したがってこの時点ですでに、カポエイラをヘジオナウかアンゴラかという二元論で論じることがあまり正確でないということなんですね。この見方がかろうじて妥当性を持つのは、バイーアのサルヴァドール周辺においてのみということです。ではへジオナウからもアンゴラからもはみ出したカポエイリスタたちは、いわゆるコンテンポラニアなのでしょうか?そんなわけないですよね!

■ここでもうひとつ質問です。今日カポエイラ・アンゴラをする人たちをアンゴレイロといいますが、上に見たような、パスチーニャの「名のり」に関与していない伝統的カポエイリスタたちには、当然「自分はアンゴレイロだ」というアイデンティティーはありませんでした。では彼らはアンゴレイロと見なされないのでしょうか?もしここで彼らもアンゴレイロだと言うとすれば、アンゴレイロたるためには必ずしも自覚は必要なく、客観的にこれこれこういう要件を満たしている人はたとえ本人が自覚していなくてもアンゴレイロだと言えることになります。これに対して、アンゴレイロかどうかの基準を、誇りとか哲学とか精神的な要素に求める人たちにとっては、当時バイーアの地方に散らばっていた伝統的カポエイリスタはアンゴレイロとはいえないということになりますね。

■さて、上記のような理屈にもかかわらず、実際の伝統的カポエイラの流れは、パスチーニャをリーダーとするアンゴラを中心に動いていきます。それはサルヴァドールが政治、経済、メディアの中心だったという外因に加えて、パスチーニャ自身の非凡な才能に大きく依っています。寺田寅彦だったかの言葉に「みんながどう言えばいいか口をモグモグさせているときに、ズバリとその本質を説明してくれる人がいる。それが天才である」というのがありましたが、この意味でパスチーニャはまさに天才でした。彼は、カポエイラは「自由を切望した奴隷たちのマンジンガだ【Mandinga de escrevo em ansia de liberdade】」などと、スパッと言い放ちます。そこで使われる言葉、詩的な表現そして深い思索は、教育を受ける機会に恵まれなかった多くのカポエイリスタたちにとって容易にまねできるものではありませんでした。

■1964年、パスチーニャは『カポエイラ・アンゴラ』を著わし、「護身術、肉体鍛錬の手段としてカポエイラの可能性」を示しながら、「カポエイラを通して心身のバランスの取れた真のスポーツマンを育てることができる」としています。彼の考え方の大きな特徴は、精神世界と物質世界を切り離さないところでした。「優れたカポエイリスタは魂のままに動く者だ」「もしカポエイラが宗教であるなら、カポエイラのメストリはさしずめ最高司祭である」などという言葉も残されています。パスチーニャによって、それまで混沌としていた伝統的カポエイラの世界に、フンダメント【fundamento】(カポエイラ・アンゴラに取り組むに当たって必要な知識や心構え)が形成されました。これによって、以後、意識的にカポエイラ・アンゴラを選択する人は、このようなパスチーニャの思想に大きく影響されることになります。

■今日のアンゴレイロたちが過剰なまでに精神性を重んじる起源はこの辺りにあるのですね。この意味において今日のアンゴレイロの生みの親はメストリ・パスチーニャだといっても間違いではないのです。しかしその哲学、精神性は伝統的なカポエイラに本質的に内在していたものではなく、パスチーニャという類まれな才能を持った個性が解釈し、後付した思想であるという点を確認しておきたいと思います(だって、そうですよね、同じものからメストリ・ビンバはヘジオナウを創り出しているわけですから)。さらにカポエイラ・アンゴラの伝統性、バイーア文化におけるアフリカ性を強調するパスチーニャの姿勢は、当時のバイアーノ知識人たちの共感も得、ジョルジ・アマード、カリベ、マリオ・クラーヴォらとも親交を深めていきます。こうしてパスチーニャのカポエイラ・アンゴラはヘジオナウに対抗する主軸となったのでした。


<文字数の関係で次に続く>
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by vadiacao | 2006-04-06 13:24 | カポエイラ全般
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