カポエイラ・ブログ -Roda de Papoeira-


パポエイラとはカポエイラに関するパポ(おしゃべり)のこと。このホーダにはカポエイラに関心のある人なら誰でも参加できます。いちおう管理人としてグンガは久保原が担当してます。Ie~~
by vadiacao
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ホーダのスポーツ化 -バチザード雑感-

 この木 なんの木 ヒエラルキー、見たこともない木ですから・・・♪

 ホーダの伝統って、カポエイラのスポーツ化の波の中でどこまで譲れるものなのかな・・・、今年に入っていくつかバチザードに参加する機会があったなかで、最近こんなことを考えています。

 カポエイラの伝統の中ではホーダのコマンドはメストリが握っています。すなわちビリンバウ・グンガはメストリに握られています。ジョーゴをする二人は、ビリンバウのシャマーダによってコントロールされます。

 ところが日本のバチザードのように、しばしば絶対的なメストリが不在で、生徒レベルでビリンバウを担当しているような場合、「プロフェッソール(レッスンを引っ張っているという意味において、とりあえずこの言葉を使っておきます)」のなかには、ビリンバウのコマンドをあえて無視するようなケースが見られます。まだ止めたくないんだ、とばかりに・・・。

 ビリンバウをメストリが弾いている場合、生徒がそれを取り上げるということはまず考えられません。逆に生徒がビリンバウを弾いていて、メストリが代わろうといった場合に、「いいえ、もうちょっとだけ」というのも、絶対に考えられません。

 日本の場合、メストリという存在はいないにせよ、まだまだ狭い世界ですから、誰が先輩で誰が後輩かという程度の区別はお互いにつくと思います。ところが実際には、多少腕に覚えのある生徒や文字通りのチャレンジャーが、きわめて気軽に先生たちからビリンバウを取り上げています。この場合に、あるいは「どうぞジョーゴをしてください」という思いやりがあるのかもしれませんが、本来それはメストリが自分で決めるものなんですね。

 バチザードなどで多くの人が集まる場合、オープン・ホーダで同時に複数のホーダを行うことがあります。ヴァジアソンのバチザードでも、遠方からお越しいただいている方にたっぷりジョーゴをしてもらうためにも、毎回3つのホーダを同時進行しています。今回の大阪もそうでした。

 今回の大阪では、ホーダに秩序を回復させるため!に、カプーのフォルマードが次の二人組みの入るタイミングを仕切っていました。これはおそらく必要な対策です。なぜって、悪名高き「横入り」が横行しすぎていますから。多くの人が順番を待ってホーダを囲んでいるところへ、一部の「プロフェッソール(上と同じ意味の)」たちがどんどん割り込んできます。もちろん本当は彼らにはその権利があるんです。メストリが不在の場合、彼らが「メストリ」ですから、彼らは入りたいときに入って出たいときに出ればいいんですね。ただスポーツ・イベント化したバチザードの中で、それを主催団体の方が独自のやり方で取り仕切っている場合は、それにしたがうのが良識だと思います。都合のいいところだけ、カポの伝統をかざして、スポーツ・ルールに従わないのはおかしいですね。

 それにしても・・・です。本来はビリンバウの下から入るところを、ホーダの向こう側から生徒の上をジャンプして飛び込んできたり、多くの人が座って待っているのに、自分の生徒の背中を押して、横入りをさせたり・・・。押された生徒のほうがバツの悪そうな顔をして、困っているではありませんか。

 カポエイラがスポーツ化すれば、当然ホーダの儀礼も形骸化します。何百人も集まって、3つのホーダが同時進行するなんていう状況は昔はなかったわけですから、新しい状況に応じてそれにふさわしいルールが作られていくのは自然なことです。カポエイラの歴史は、まさに新しい状況に対する適応の歴史でもあったわけですし。そこでビッグ・イベントを整然と運営するために各団体がさまざまな代替ルールに工夫を凝らしています。

 そうであれば、イベントに参加する人たちは主催団体のルールに敬意を払い、それを尊重するべきです。そうでなければ、自分たちが主催するときにも尊重してもらえないわけですからね。実際多くの人は尊重しています。素晴らしいことに、多くの生徒の方々は。むしろ問題は、彼らを導く立場にある「プロフェッソール」の一部にあるような気がします。彼らの中にある傲慢さと弱さが、多くのホーダをむちゃくちゃにしています。不幸なことに、見かけ上強そうな彼らを注意できる人は少ないんですね。カポエイラ・ヴァジアソンのイベントでは、私は言います。メストリ・ブラジリアも言います。だからムッとして翌年は来ない人たちもいます。それはそれでいいと思っています。

 カポエイラの本質はリベルダージ(自由)ですが、やはりそれは無秩序とは違いますね。なんか自由と無秩序なんて、本の黄ばんだページの臭いがするような話題になってきましたが、これから先の日本のカポエイラ・シーンを楽しくしていくためには、どうしても考えなければならない問題だと思います。実際ここで書いているようなことは、伝統とスポーツ化なんて大風呂敷を広げるような次元ではなく、一人ひとりのモラルに帰するようなレベルなんですから。
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by vadiacao | 2007-05-22 09:34 | ホーダについて
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