カポエイラ・ブログ -Roda de Papoeira-


パポエイラとはカポエイラに関するパポ(おしゃべり)のこと。このホーダにはカポエイラに関心のある人なら誰でも参加できます。いちおう管理人としてグンガは久保原が担当してます。Ie~~
by vadiacao
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日本カポエイラ連盟の関西地区会議

 今日、12時30分から兵庫県芦屋市民センターで行われた日本カポエイラ連盟の関西地区会議に行ってきました。このブログにも、これまでに2回(「日本でカポエイラ・リーグ創設の動き」「日本カポエイラ連盟は存在していた?!」)このテーマで書いていましたので、簡単に報告しておきますね。

 それにしても今気付いたのですが、今日もらった4枚の紙に書いてある組織名が全部違っている!ひとつはLiga de Capoeira Japao、もうひとつはLiga Japao de Capoeira、もうひとつはLiga Japaoだけ、また別の紙にはLiga Japonesa de Capoeiraとなっています。もし「日本カポエイラ・リーグ」をポル語にするなら、一般的には最後の「Liga Japonesa de Capoeira」になるだろうと思います。なお日本語名称としては、4枚のうちの2枚に「日本カポエイラ連盟」と書かれていました。

 このことに象徴されるように、まだ輪郭の完全にはっきりした組織ではなく、これから規約を作成し、立ち上げにかかる諸経費、年間の予算などを見積もったうえで年会費なども設定しようという段階です。ただし大まかな理念や組織形態については、要約された紙がポル語と日本語で1枚ずつ配られました。

 それによると連盟の目的は、「加盟団体におけるカポエイラの規則の統一、イベントなどの企画と運営」とされています。さっそく9月には第1回目の競技大会を予定しているそうです。細かいルールはまだこれから作成されます。この大会には、連盟に加盟しているグループのみに出場権があり、非加盟団体は見学することが認められます。

 それ以外にもさまざまなイベント、講習会や合同練習会などを開催し、カポエイラのよりよい普及に努めていくとしています。またバチザードなども、加盟団体は連盟のバックアップを受けることができるということです。

 代表のパウロによると、今年の1月2日に愛知県の知立市で第1回目の会議が開かれており、このときに代表、副代表と各地区の代表が選出されたそうです。確認した名前と団体名は次の通りですが、これには漏れがあると思います。
代表:Paulao(Capoeira Mandinga)
副代表:Renato Leao(Corrente Negra)
関東・静岡地区代表:Alemao
愛知・岐阜・長野地区代表:Felipe Montanha(Grupo Muzenza)
大阪地区代表:Negao(Ache Brasil)
京都・滋賀・三重地区代表:Silvio(Cais do Mar)
四国地区代表:Moleza(Gavioes do Morro)
1月の会議にも、把握している限りすべてのグループに声をかけたということですが、私どもカポエイラ・ヴァジアソンには知らせは届いていませんでした。結局参加したグループは18団体だったそうです。そのリストを見せてもらいましたが、基本的にブラジル人リーダーの団体がほとんどでした。

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「会議に参加したグループの代表たち」

撮影:
コスモフォーリャ
 






 今日の会議に参加した団体は、Mandinga(愛知)、Corrente Negra(兵庫)、Muzenza(愛知)、Ache Brasil(大阪)、Cais do Mar(京都)、Capu Japao(大阪)、Alma Negra(大阪)、Barauna Japao(香川)、Capoeira Vadiacao(愛知)、Garras de Ouro(滋賀)、Gavioes de Morro(香川)、Senavox(兵庫)、Capoarte(愛知)の、計13団体でした。このうち第1回会議にも参加していたのは6団体ということなので、残りの7団体は今回の第2回目が初参加ということになります。

 それにしても今日はパウロとヘナトのリーダーシップ、カポエイラに対する情熱をひしひしと感じることができました。おそらく共通の目的を掲げるグループをうまく束ねていけるだろうと思います。こんな書き方をすると、まるで他人事のようですが、私個人的には「カポエイラの規則化」「競技大会の開催」など理念の根本的な部分で異なる考え方を持っていますので、理念を共有せずに「所属だけ」することにどれほどの意味があるのかなと、いろいろ考えているところです。

 私にとって、カポエイラの魅力、強みは、まさにその多様性にあるんですね。技術的な多様性、考え方の多様性、それでいてホーダの中では誰とでも交流できる、ここにカポエイラの醍醐味を感じます。ということでヴァジアソンが連盟に加盟するしないにかかわらず、これまで通りすべてのグループとの友好関係は続けて行きたいですし、連盟としていくつかの団体がまとまることで、これまで以上に活発な交流ができるようになることを期待しています。

 皆さんはどんな意見を持っているのか、ぜひいろいろ聞いてみたいです。 どんどんコメント書いてくださいね。
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by vadiacao | 2006-01-30 02:07 | その他・雑談

メストリ・デカニオとの約束:ビンバの秘蔵映像を発掘せよ!

f0036763_1312858.jpg メストリ・ビンバの最も初期の弟子の一人で、カポエイラ・ヘジオナウの確立にも大きくかかわったメストリ・デカニオ【Mestre Decanio】。今年81歳になりますが、まだ現役のカポエイリスタとして、毎週土曜日、フィーリョス・ジ・ビンバ【Filhos de Bima】で行われるホーダにも顔を出します。またメストリは、これまでに『A heranca de Mestre Bimba(メストリ・ビンバの遺産)』『A heranca de Mestre Pastinha(メストリ・パスチーニャの遺産)』『Manuscritos e desenhos de Pastinha(パスチーニャの手記)』などの著書もある、第1級のカポエイラ研究家でもあります。

 彼の自宅は、パリッピ区のツバロン海岸に面した、それは美しいところにあります。玄関前に大きなアセロラの木があって、ちぎって食べたらとてもすっぱかったのを覚えています。私は、ある目的のために一昨年、ここを訪れました。その目的とは・・・、かつてメストリ・ビンバの道場に日本のテレビ取材が入ったという話の真偽を確かめることでした。
 
 突然電話でアポをとって取材を頼んだ私を、メストリは自ら車でバス停まで迎えに来てくれました。カポエイラに関する雑談が一段落したとき、私は本題を切り出しました。このときメストリの顔色が明らかに変わったのを覚えています。「んー」と、ひとしきり沈黙し、遠い記憶をたぐり寄せているようでした。そして少しずつ語り始めました。

 確かにその事実はあった。局名は覚えていないが東京のテレビ局だった。たしか50年代だったと思う。ノルデスチ・ダ・アマラリーナのビンバの道場で、カポエイラ、サンバ・ジ・ホーダ、カンドンブレの撮影を行った。それは4時間以上に及んだよ。もしあのときの映像が出てきたら、それこそカポエイラの歴史研究には最高に貴重な資料じゃよ!
 メストリの興奮がこちらにも伝わってきました。私は、日本に戻ったら、このときの取材映像を探すことを約束して、メストリ宅を後にしました。

 しかしながら今日までこの約束を果たせないでいます。私も個人的な知り合いなどを通じてNHKはあたりましたが、めぼしい収穫はありませんでした。それでも70年代、80年代にNHKがおこなったカポエイラ関係の取材映像は入手することができました。私が依頼したのはディレクターですが、彼によれば、古いテープは、社内の人間でもアクセスが難しいとのことでした。ですから私がたどり着けなかっただけで、これでNHKにはもうないと決まったわけではありません。

 そこで皆さんにも協力をお願いしたいと思います。特に東京のカポエイラ団体の方は、しばしばテレビ取材などを受けると思いますが、もしそういう時のコネクションを使えそうな人は、ダメもとでぜひ当たってみてください。もちろん取材に来る若いレポーターよりも、上に行けば上に行くほど権限は強くなります。

 もし「どのテレビ局のどこにある」というところまで突き止められれば、ブラジル政府の文化省を動かして、公式にその映像のコピーを請求することはできると思います。これは私のブラジル側のコネで可能ですので、問題は日本のどこにそれがあるかを見つけることなんです。長崎のカポ衛門さんは、テレビ局にお勤めですが、なんかいいアイデアはないものでしょうか?

 今回のものに限らず、50年代、60年代に海外のメディアが行った取材の中には、かなり貴重な映像が残っていると思われます。事実、先日もフランスで2本のテープが見つかったそうです。私はまだ見ていませんが、なんとメストリ・ヴァウデマール【Mestre Waldemar】がジョーゴをしているシーンがあるとか!また今はもうかなり有名になっていますが、フランス領マルチニーク島のラージャ(カポエイラの兄弟のような格闘舞踊)の映像も、米国の博物館から見つかっています。これは私も見ましたが、1930年代に撮影された無声映像です!!

 ということで日本国内にも、否、日本国内だからこそブラジルにさえないお宝が眠っている可能性は十分にあります。それを発掘するには、当然、日本人であるわれわれが一番近いところにいるわけです。なんとか2006年中にドデカイ発見をしたいと思いませんか?皆さんもぜひご協力をお願いします。
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by vadiacao | 2006-01-25 13:12 | カポエイラ全般

カポCDはオリジナルを尊重しよう!

 先日、カポエイラ関係のメーリングリストで、「カポエイラCDの不正なコピーを廃絶しよう」という呼びかけが回ってきました。なんでもインターネット上のあるサイトでは、さまざまなメストリたちの作品が無料で丸々1枚ダウンロードできるのだそうです。これではお金を払ってオリジナルを買う人など出てきませんね。

 このことによって一番困るのは誰でしょうか?まず第一に困るのは、もちろんそのCDを制作したメストリであり、プロデューサーですね。売れなければ、制作費用も払えないわけですから。するとどうなるかというと、経済的に苦しいメストリたちの状況はますます悪くなり、第2弾の制作など、とてもおぼつかないでしょう。となれば次に損をするのはほかならぬ私たちカポエイリスタなんです。メストリたちの何十年にも及ぶ貴重な知的財産に触れる機会を失ってしまうわけですから。

 実際このようにして1枚のレコード、1冊の本を残すこともなく、人知れず亡くなっていくメストリたちのなんと多いことでしょうか。最近でこそ心あるグループが企画して、埋もれているメストリたちを招聘し、CDを制作する動きも出てきています。

f0036763_0204569.jpg サンパウロのFACAが『Mestre Ananias』を制作したり、リオのメストリ・マホン【Mestre Marrao】のグループが、『Mestres Boca Rica & Bigodinho』『Mestres Claudio & Felipe』を制作しました。イタパリカ島の長老メストリ・ジェルソン・クアドラードは昨年の5月に亡くなりましたが、彼の場合は、ぎりぎりセーフでメストリ・ジャイメ【Mestre Jaime do Mar Grande】によってカポエイラとサンバ・ジ・ホーダの録音が行われていました。そのうちカポエイラのCDはメストリの生前にリリースされましたが、サンバのほうは間に合いませんでした。もちろんそこで録音されたのは、メストリの膨大なレパートリーの中のほんの一部に過ぎません。それでもそれさえもなければ、メストリの記憶はその死とともに誰に知られることもなく永遠に葬られるところでした。

 CDやDVDのオリジナルを、ちゃんとその対価を支払って「買う」という行為は、実は私たちがメストリたちにしてあげられるささやかな協力でもあるんですね。手前味噌になりますが、カポエイラ・ショップ ビリンバウとしても、オリジナルの商品しか取り扱いませんし、ほとんどの場合、メストリ自身の手から直接購入しています。そうすることでメストリにも最大の利益を還元できるからです。また場合によっては制作資金の段階から協力することもあります。

 というわけで皆さんのフトコロ事情が楽でないのも分かりますが、もしブラジル文化、カポエイラのメストリたちをリスペクトしたいという気持ちがあるなら、こういう協力の仕方もあるんですよね!

 
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by vadiacao | 2006-01-23 00:24 | 音楽(歌・楽器・CD)

「朝青龍の敗戦の弁」をカポエイラ的に見ると・・・

f0036763_842524.jpg 今朝のテレビ・ニュースで昨日の大相撲のハイライトを見ました。土俵際まで詰め寄ったところを「小手投げ」で白鵬に敗れた朝青龍。控え部屋でのインタビューでひとこと、「若いんだから前に出て欲しかったね」。このコメントをカポエイリスタの目から見ると、「横綱、あなたこそマリーシアが足りなかったんですよ」ということになります。

 先日の「カポエイラの4M」に関連して言えば、この場合にぴったりくるのがマリーシア【malicia】という概念ですね。あるいはあの中には含めていませんでしたが、マランドラージェン【malandragem】という言葉もあります。

 偶然にも、相撲も土俵というホーダの中で競技を行います。そこから飛び出したら負けというのがルールなんですから、当然、それを前提とした押し引き、駆け引きが展開されます。であれば朝青龍としても、引かれることを想定した押しをするべきですね。ちょうどカポエイリスタが、常にハステイラを想定して一歩を踏み出すように。それを「お前は若いんだから真正面からあたって来い」と、注文をつけるのはナンセンスです。正面から行ったらかなわないからこそ、若手は戦略をめぐらすわけですから、そもそも議論が逆なんですね。もちろん普段の練習の中では、正面から当たる練習は必要でしょう。そうでなければ強くなりませんから。でも1回きりの真剣勝負となれば話は別です!

 だいたい日本の精神論で言う「正々堂々」という考え方はカポエイリスタには通用しません。昔の社会科の授業を思いだしてください。あれは「元寇」のときでしたっけ?「われこそは尾張の国のシンジーニョであるぞー」と自己紹介している間に、鉄砲に当たってしまったというエピソードが紹介されたのは。勝負の世界とはそういうものですね。サバイバルなんです。力のない者は、姑息な手段を使ってでもまず身を守らなくてはいけません。

 社会的な立場の弱さ、相手が武器を持っているという不利な状況、食事も満足に食べられずに力が沸いてこないという肉体的な条件・・・、あらゆる不利な条件を補うのがマリーシアだと言えるかも知れません。日本語だとなかなか一言でいい訳語が見つからない言葉ですが、こういう例を出すと、なんとなく分かりやすいでしょうか?
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by vadiacao | 2006-01-20 08:28 | カポエイラの技術

翻訳の行方

f0036763_001159.jpg メストリ・ジョアン・ピケーノが自らの生い立ちを語っている『Joao Pequeno - Uma vida de capoeira』を、昨年のちょうど今頃、日本語に訳しました。メストリの素朴な生き方、カポエイラに対する純粋な愛情が伝わってくる、素晴らしい本です。編者のルイス・ノルマーニャ氏とは一昨年サンパウロで打ち合わせをしていて、私の日本語版と同時に、ドイツ語版も出版するのだという話を聞いていました。

 ところが・・・、印刷するばかりの段階になって、そこから先が一向に進みません。印刷はコストの問題もあって、ブラジルで刷るのですが、こちらから送ったファイルが開かない、フォントが合わないといった問題があるようです。

 今回のプロジェクトは完全なボランティアで、売り上げはすべてメストリに送られます。私もメストリに直接お会いして、翻訳の了承を得ていただけに、あまり遅れると、なんか約束を果たしていないようで気持ちが悪いです。そこで去年サルヴァドールに行った際、A4紙に印刷したものを弟子のゾイーニョに渡してきました。ジョアン・ピケーノの道場には、常に日本人カポエイリスタが練習に来ているので、少しでもメストリの生き様が伝わればいいと思っています。

 メストリも88歳という高齢なので、一日も早く日本語版に日の目を見せなくては。もしどうしても印刷できないというなら、一人でも多くのカポエイリスタに読んでもらうためにも、ルイスの了承を得て「カポエイラ入門」に全文掲載したいと思ってます。
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by vadiacao | 2006-01-19 00:01 | その他・雑談

日本カポエイラ連盟は存在していた!?

 日本カポエィラ・リーガから、今朝、次のような招待状が届きました。ちょっと驚いたのは、今回の集まりの目的のひとつに「日本カポエイラ連盟の再結成」とあるので、あれっ?以前に日本カポエイラ連盟というのがあったのかなと思いましたが、そのあとを見ると「カポエイラ・リーガ・ジャパオ(日本カポエイラ連盟)」と出てくるので、おそらくは同じ団体のことを言っているのだろうと思います。私もカポエイラ関係のことについては常にアンテナを張っていたつもりですが、正直なところ、これについては知りませんでした。

 さらには先日「日本でカポエイラ・リーグ創設の動き」という記事を書きましたが、あのときはこれからリーグを創設するために集まるものと解釈したんですけど、今回の招待状からすると、Paulaoを代表としたリーグはすでに既成の団体で、「日本カポエイラ連盟」を再結成したいからリーグの主催する会議に参加してください、というのが正確なようです。実際、ポル語のほうを見ると、「これまでリーグを知らなかった人に対する説明」というのが、集会の目的に含まれています。

 以下が、招待状の全文です。


A Liga Japao de Capoeira convida ao Srs. Responsaveis pelos grupos de todo o japao para uma reuniao que se realizara dia 29/01/2006, em Ashiya-city(hyogo-ken). Essa reuniao tem como proposito colocar em pauta varios assuntos sobre a Capoeira No Japao, ate mesmo para esclarecimentos aqueles que desconhecem a liga. Sua presenca sera de suma importancia, contamos com sua presenca.

この度、2006年1月29卲゜後12時30分より、日本カポエィラ・リーガの会議を開きます。
日本カポエイラ連盟の再結成、今後の方針、計画等、全国のカポエイラアカデミー、グループの交流と、日本でのカポエイラの繁栄、世界的に通用するレベルの見直し等、日本のカポエイラ・アカデミー、団体、のマスター、プロフェッソール、 代表者を募り、会議します。 
各マスター、講師、代表の方、ぜひ、ご参列下さいますよう、よろしくお願い致します。
今まで、カポエイラ・リーガ・ジャパオ(日本カポエイラ連盟)に登録されていなかったアカデミーや、団体の方の参列も、お願いしております。
ご連絡先は、ご質問はligajapao@hotmail.comまで、お願い致します。
ポルトガル語、日本語、英語に対応しております。
☆ 1月29日(日)12:30~ 兵庫県芦屋市民センター、218講義室。 (兵庫県芦屋市業平町8ー24)
☆ 29・Jan(domingo)pm12:30~ hyougo-ken,Ashiya-shimin-center sala 218

Capoeira Liga Japao 代表
Paulo Rogerio Marques Oliveira
PAULO (Grupo Mandinga-Aichi)

副代表 
Renato Leao
(Corrente Negra Japan-Hyogo)


 カポエイラと一口に言っても、そのスタイルも考え方も非常に多様な現状にあって、どういう項目を共通性と認識して協力し合えるのか・・・、ブラジルカポエイラ連盟や国際カポエイラ連盟をめぐるドタバタを見ても、それが容易でないことは周知の事実です。日本でこの試みがうまくいけば、ブラジルを含む各国のモデルケースともなりえる快挙といえるでしょう。
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by vadiacao | 2006-01-17 08:38 | その他・雑談

「ジ」と「ナ」の違いが生死を分ける?!

 日本語で何気なく「路上ホーダ」「ストリート・ホーダ」といいますが、実はポル語で言うと「roda de rua」「roda na rua」という、微妙にニュアンスの異なる2つの訳し方があります。タイトルで「ジ」と「ナ」の違いと書いたのは、「de」と「na」のことなんですね。

 roda de ruaというと、これは文字通り、路上で生まれ路上で育まれてきたホーダのことです。リオのドゥーキ・ジ・カシアスやサンパウロのヘプーブリカ広場のホーダなどがこれにあたります。そこにはいろんなグループ、いろんなスタイルから腕試しをしたいカポエイリスタたちが集まってきて、一般的にとても緊張感のある雰囲気が漂います。もちろん知り合い同士であれば、穏やかなジョーゴもありますが、ヘプーブリカなどは一時期かなり危険な時代がありました。カポエイリスタというのは、グループへの帰属意識が異常に強い人種ですから、仲間がやられれば、黙ってはいません。ときにはナイフやピストルを忍ばせていて、ホーダの外でジョーゴの決着が付くなんていうこともしばしば見られたのです。

 これに対してroda na ruaというと、「路上において行うホーダ」という意味が正確で、例えば特定のグループが自分たちのグループ・メンバーだけでパフォーマンスを行ったりする場合が考えられます。つまりいつも室内で行っているホーダの開催場所をフーアに持っていっただけですね。

 同じようなニュアンスの違いは、「capoeira de rua」という表現についてもいえます。道場という練習場所を持たず、多くの場合、特定のメストリにも付かずに、ホーダの中でもまれながら習得したカポエイラ。「あいつのはカポエイラ・ジ・フーア」だと誰かが言うとき、「どこの馬の骨か分からない」と、ちょっと蔑んだ意味が込められていたり、「何をしてくるか分からないから気をつけろ」という警告の意味が含まれていることが多いです。

 ところで先日書いた「やはり野に置けカポエイラ」のなかで、私はホーダ・ジ・フーアという表現を使いました。これは、単なるヴァジアソンだけのパフォーマンス・ホーダではなくて、ルールを守れるすべてのカポエイリスタに開かれたホーダだよ、という意味で使っています。べつにカポエイリスタ同士の果し合いの場にするつもりなど毛頭ありませんので、安心して来てくださいね。
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by vadiacao | 2006-01-16 23:25 | ホーダについて

メストリ・ブラジリアかく語りき

 いま本棚から1冊の古いノートを見つけました。厚いボール紙の表紙に「カポエイラ備忘録」と書いてあるそれは、私がカポエイラを掘り下げようと決心して2回目にブラジルに行った際につけていたノートです。97年8月からの書き出しになっています。その日の練習の内容や注意点、出会った人やそのジョーゴの特徴など、いろんなことがメモしてあります。

 その中に「メストリ・ブラジリア語録」という項目があって、当時言われることの半分も分からなかったポルトガル語ですが、メストリのおっしゃったことをポル語と日本語で書きとめてあります。我ながらよくやっていたな、とほほえましく思って見返していました。

 ちょっと照れくさいけど、その第1ページ目に書いてある文を抜粋してみます。

Capoeira e uma conversa. Primeiro voce tem que ouvir para entender o adversario. Observa bem e depois responde.
「カポエイラは会話と同じだ。相手を理解するためには、まず耳を傾けなくちゃいけない。よく観察して、それから答えればいいのだ」
 "Capoeira e um dialogo corporal(カポエイラは肉体の対話だ)"というのはメストリの口癖で、これに関する説明のしかたにはいろいろなヴァリエーションがあります。そのどれもが非常に具体的で分かりやすいんですね。いっぺんに放出するとネタがなくなってしまうので(笑)、少しずつ紹介して行こうと思います。

 メストリ・ブラジリアとの出会いは、友人の紹介という偶然でしたが、もしそれが別のメストリであったなら、おそらく私もここまでカポエイラにのめりこんでいなかったと思います。卓越したカポエイラの技術に加えて、何よりも人柄ですね。私も日本で少し格闘技をかじっていましたが、自分の弱さや失敗談を堂々と弟子に語りかけるメストリの姿勢は、当時とても新鮮な感動を覚えました。

Ie viva meu mestre
Ie Mestre Brasilia
Ie que me ensinou
Ie a arte de brigar sorrindo
Ie um jeito de ser
Ie a CAPOEIRA

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『Mesrte Bimba - Capoeira Iluminada』の試写会で、メストリ・ブラジリアとアネッチ夫人


2005年11月2日サンパウロ 撮影:久保原
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by vadiacao | 2006-01-15 23:56 | カポエイラ全般

やはり野に置けカポエイラ

 もう少し寒さが落ち着いたら、今年こそは名古屋でもホーダ・ジ・フーア【roda de rua】:路上ホーダを始めたいと思っています。

 フーア(rua)・・・。そこはずっとカポエイラの舞台でした。そこで戦い、そこで殺され、そこで暴れ、そこで取り締まられ・・・。しかしメストリ・ビンバ以降、カポエイラは室内(=道場)に行きました。そこには自ら進んで行った側面と閉じ込められた側面と両方の意味があるんですが、それについては機会を改めます。

 良きにつけ悪しきにつけカポエイラがスポーツとして扱われるようになった今日、カポエイラはスポーツじゃないと主張するアンゴラ系のグループでさえも、練習そのものは、ユニフォームを着て、練習するために確保した室内の場所で活動を行っています。

 しかしホーダ・ジ・フーアの伝統は途切れませんでした。かつてのバイーアでは、リベルダージ【Liberdade】地区のメストリ・ヴァウデマール【Waldemar】、ペロウリーニョのメストリ・パスチーニャ、シャミ・シャミ【Chame chame】地区のメストリ・コブリーニャ・ヴェルジ【Cobrinha Verde】、消失前のメルカード・モデロ【Mercado Modelo】などは、日曜日のカポエイリスタたちのたまり場でした。

 今日のバイーアで言うと、メストリ・ルーア・ハスタが金曜日にジェズース広場で、メストリ・オラボ【Mestre Olavo】が日曜日にサンタ・モニカ地区の自宅前でホーダを行っていますね。もちろん室内ということになれば、メストリ・ジョアン・ピケーノ、ブラジル・カポエイラ・アンゴラ協会【ABCA】をはじめ、多くの団体がそれぞれのホーダを行っています。

f0036763_0354371.jpg リオで最も伝統のあるホーダは、カシアス【Caxias】のものですね。今日メストリ・フッソ【Mestre Russo】がグンガを握るこのホーダには、そうそうたるカポエイリスタたちが通り抜けていきました。モライス、コブリーニャ・マンサ、ガト、カミーザ・・・。まだメストリになる前の若者たちは、このホーダで腕を(足を?)磨きました。いまでもメストリ・コブリーニャ・マンサは、リオに行くたびに、カシアスに立ち寄るそうです。

 このほどメストリ・フッソは、カシアスのホーダ・ジ・フーアの歴史をつづった『Expressoes da Roda Livre(自由なホーダの表情)』という本を出しました。貴重な写真もたくさん収録されているので、ポル語が読めない人もそれなりに楽しめると思います。近日中にカポエイラ・ショップ ビリンバウでも売り出しますので、興味のある方はチェックして見てください。

 サンパウロには、メストリ・アナニアス【Mestre Ananias】が立ち上げたレプーブリカ広場のホーダがあります。ブラジリア、スアスナ、ジョエル、ミゲル・マシャード・・・。このホーダは、バイーアから出てきた「田舎者」たちの交流の拠点でした。

 「やはり野に置けレンゲソウ」という言葉がありますが、カポエイラもフーアで行われるときが一番輝いて見えると、私は思います。ということで、「何曜日にあそこに行けばカポエイラがある」というような場所を名古屋にもそろそろ築いていこうと考えています。
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by vadiacao | 2006-01-12 10:49 | ホーダについて

名古屋の4Mとカポエイラの4M

 昨日、練習の帰りの車の中でふと思い浮かびました。

 名古屋には4大百貨店の4M(三越、松坂屋、丸栄、名鉄百貨店で、いずれもMで始まります)があるけど、カポエイラの特徴を表すキーワードも4つのMでまとめられるんじゃないかなぁ・・・、と。皆さんもだいたい思い浮かぶんじゃないでしょうか?

 私が考えたのは、mandinga(マンジンガ)、malicia(マリーシア)、molejo(モレージョ)、maldade(マウダージ)です。これに、もうひとつ、maliciaとほとんど同じような意味ですが、manha(マーニャ)もありますね。

 mandingaは、日本語に非常に訳しにくい言葉のひとつです。意味が遠くなることを恐れずにあえて訳すなら「魔術」「魔法」などとなるかもしれません。ジョアン・ピケーノの本にも頻繁に登場しますが、その昔バイーアのならず者たちはmandingaを会得して、自由に姿を消したり、拳銃の弾も通さない不死身の肉体を手に入れたといいます。カポエイリスタでは、かのビゾウロ(※1)が有名ですね。

 mandingaという言葉は、アフリカのマンディンカ族に由来するといわれています。マンディンカ族には呪術を使う者が多かったことから、これが一般化されたようです。詳しいことは私も分かりません。でもマンディンカ族というと、私より古い世代の人は覚えているでしょうか?北米の奴隷制を描いたアレックス・ヘイリーの傑作ドラマ『ルーツ』の主人公クンタ・キンテが、何をかくそうマンディンカ族の出身でした。

 maliciaという言葉は、ブラジル・サッカーの特徴を表すキーワードとしてもときどき耳にしますね。ロナウジーニョのトリッキーな動き、自分の意図を隠すポーカーフェイスは、maliciaがあるということになります。

 molejoは「やわらかさ」、どちらかというと肉体的な柔軟性に対して使われる気がします。Ele tem molejo no corpo. といえば、「彼はしなやかな動きをする」というような意味になります。カポエイラの歌にも、結構出てきますね。

 maldadeは、「不正」とか「悪意」という意味です。メストリ・アコルデオンの何枚目のCDだったか忘れましたけど、とても美しい次のような語りがあります。
ある日、メストリ・パスチーニャに聞いた。「カポエイラとは何ですか?」
道場の窓際にもたれていたメストリは、遠い昔を思い巡らすように一点を見つめ、やがてあの柔らかい声で答えた。「Capoeira e tudo que a boca come(カポエイラとは、口が食べるすべてのものじゃよ)」。

同じ質問をメストリ・ビンバにした。「capoeira e maldade, meu filho!(カポエイラとはマウダージじゃ、息子よ)」
 その後読んだメストリ・アコルデオンの本『Agua de beber』には確か次のような意味の解説があったと思います。2人のメストリの意見は、一見、まったく正反対のことを言っているようだが、実は当時のネグロたちが困難な現実に立ち向かうときの2つの典型的な立場を代表している。パスチーニャにとっては、カポエイラとは生活のすべてであった。人生のいいことも悪いこともすべて受け入れる立場。それに対してビンバにとってのカポエイラとは、社会のさまざまな危険から身を守り、不正に対抗するための戦術であった。

 メストリ・ビンバは、カポエイラそのものが悪いといっているのではなくて、たぶん彼が言おうとしたのは、カポエイラが生み出された社会、現在の自分たちを取り巻く現実が悪であり、悪には悪、不正に立ち向かうには、狡猾で抜け目のない肉体と精神が要求されるのだ。それがカポエイラなのだ・・、ということじゃないかと想像しています。

 頭の中で考えたのはほんの数十秒ですが、書くと長くなっちゃいました。
                                              久保原信司


※1:関心のある人は「カポエイラ入門」の「カポエイラ研究室」に掲載した小文「伝説のカポエイリスタ、ビゾウロは実在した」も読んでみてください。
 
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by vadiacao | 2006-01-11 03:02 | カポエイラ全般


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